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東京家庭裁判所 昭和49年(家)3140号 審判 1977年1月28日

申立人 森田久代(仮名) 外四名

相手方 森田洋司(仮名)

主文

一  被相続人森田洋一郎の別紙相続財産目録<省略>記載の相続財産を次のとおり分割する。

1  別紙相続財産目録<省略>一記載の土地及び建物並びに同目録二記載の債権等は、いずれも申立人森田久代の取得とする。

2  別紙相続財産目録<省略>一(二)記載の建物につき、次のとおりの賃借権を設定する。

(一)  賃貸人申立人森田久代、賃借人相手方

(二)  期間本審判確定の翌日から五年間

(三)  賃貸借部分の範囲別紙図面(一)表示のとおり

(四)  賃料一か月当り金六万円

3  相手方は申立人森田久代に対し、本審判確定後毎月金六万円宛支払え。

4  申立人森田久代は、本件遺産分割における代償金として、申立人森田順、同小川智江子、同松本紀子及び同川田恵子に対し各金六五七万九、〇〇〇円、また相手方に対し金五七三万四、〇〇〇円をそれぞれ支払え。

5  相手方は申立人久代に対し、別紙相続財産目録<省略>一(二)記載の建物中二階部分から退去して同部分を明け渡せ。

二  鑑定人橋本萬之に支払つた鑑定費用合計金二二万円は、申立人久代が金七万円、その他の当事者が各金三万円宛負担するものとする。

理由

第一当事者の申立及び主張

一  申立の趣旨

被相続人森田洋一郎の相続財産につき、適正な遺産分割を求める。

二  申立の実情

1  相続の開始

被相続人森田洋一郎は、昭和四七年一二月六日東京都○区において死亡し、相続が開始した。

2  相続人

相続人は、妻久代、長男順、長女智江子、二女紀子、三女恵子及び三男洋司である。

3  相続財産

相続財産は、別紙相続財産目録<省略>記載のとおりである。

4  相手方の特別受益

相手方は、昭和四三年中に被相続人から生計の資本として次の財産の贈与を受けたから、これを特別受益として各自の相続分を算定すべきである。

(一) 什器備品         数量     価格

治療器           一   一二万七、六九一円

電気椅子          一   一二万七、六九一円

消毒器           一      七、四〇二円

ルームクーラー       一   一〇万六、一六三円

ルームクーラー       一   二〇万八、三一一円

機械装置(コンプレッサー) 一   一一万二、三六八円

レントゲン         一    六万六、三九九円

コンカロンデスク      一   三四万四、一三八円

設備造作(診療室)     一   三〇万八、二三一円

車両運搬具         一   二三万四、〇八一円

小計  一四八万五、三六四円

(一六四万二、四七五円の誤り)

(二) 未収金              一九三万一、四二四円

合計  三五七万四、一九九円

(三五七万三、八九九円の誤り)

5  相続開始以来、本件建物中階下八畳及び六畳の間を申立人久代が、その余の部分を相手方がそれぞれ占有使用してきているので、この法定果実相当分は適切な割合で右両名の分割取得部分につき考量さるべきである。

6  分割方法

(一) 第一次的には、別紙相続財産目録<省略>一(一)(二)記載の土地、建物(以下「本件土地」、「本件建物」、「本件土地建物」などという。)を申立人久代の単独所有とする旨の審判を求める。

(二) 第二次的には、本件土地建物を申立人久代三分の一、申立人順三分の二の共有とする旨の審判を求める。

(三) 右いずれの場合においても、相手方は留守番と称する占有補助者たる村田俊彦、同良子とともに本件建物の占拠部分を申立人久代に対し(右(一)の場合)、又は申立人久代及び同順に対し(右(二)の場合)、明け渡すべき旨の審判を求める。

(四) 別紙相続財産目録<省略>二記載の債権等(以下「本件債権等」という。)は、相続分に応じ適宜分割する。

三  相手方の主張

1  相続人等について

相続の開始及び相続人に関する事実は、申立の実情12のとおりである。

2  相続財産について

相続財産の範囲はほぼ申立人らの主張のとおりであるが、本件建物の二階の一部(診療所の階上部分)は、相手方がその負担において増築したものである。

3  特別受益の主張について

申立人らの主張する医療器具等は、被相続人から贈与されたものではなく、相手方及び相手方の妻が開業後自らの費用をもつて購入したものである。

4  相手方の寄与分

相手方は被相続人の意を受けて○科医となり、被相続人と共に○科医業を営み、その間低い給与に甘んじてきたものであるから、本件遺産分割にあつてはこのような相手方の寄与を考慮すべきである。

5  分割方法について

相手方は次のごとき分割方法を希望する。

(一) 第一次的には、相手方が本件不動産を単独取得し、その代償として相手方から申立人らに対し、相続分相当額を支払う方法を希望する。この場合、相手方は、申立人久代が本件建物の一部(階下八畳間及び六畳間)を使用することを認める。

(二) 第二次的には、本件不動産を相手方と申立人久代の共有とし(持分は相手方三分の二、申立人久代三分の一)、その他の申立人らに対しては、その持分につき相手方が相続分相当額を金銭で支払う方法を希望する。

(三) 第三次的には、本件不動産を相続人全員の共有としたうえ、相手方に相当の賃料をもつて貸し与えることとし、その賃料を各相続人の相続分に応じて分配する方法を希望する。

第二本件の経過

申立人らは、昭和四八年六月一五日、本件遺産分割調停の申立をなし、昭和四八年九月一四日から前後六回にわたつて調停期日が開かれたが、合意に達せず、昭和四九年四月二四日、当事者間に合意が成立する見込がないとして調停不成立となり、審判に移行したものである。

第三当裁判所の判断

一  相続の開始

甲第三号証(筆頭者森田洋一郎の戸籍謄本)によれば、被相続人森田洋一郎は昭和四七年一二月一六日東京都○区において死亡し、同人にかかる相続の開始したことが明らかである。

二  相続人及び法定相続分

甲第一ないし同第八号証(関係戸籍及び改製原戸籍の各謄本)によると、相続人は、妻森田久代(申立人)、長男森田順(申立人)、長女小川智江子(申立人)、二女松本紀子(申立人)、三女川田恵子(申立人)及び三男森田洋司(相手方)の六名であることが認められる(甲第一号証によると、二男真(昭和七年一〇月二五日生)は生後間もない同月二七日死亡したことが明らかである。)。

したがつて、各相続人の法定相続分は、申立人森田久代が三分の一、その他の相続人が各一五分の二である。

三  相続財産

1  土地及び家屋

(一) 甲第九号証(土地登記簿謄本)、同第一〇号証(固定資産課税台帳登録証明書)によれば、別紙相続財産目録<省略>一(一)記載の土地(本件土地)が相続開始当時被相続人の所有であつて、相続財産に属することは、明らかである。

(二) 甲第一一号証(固定資産課税台帳登録証明書)及び同第二六号証(建物登記簿謄本)によれば、別紙相続財産目録<省略>一(二)記載の建物(本件建物)は、相続開始当時被相続人の所有にかかり、相続財産を構成するものと認められる。

右甲第一一号証及び相手方森田洋司に対する審問の結果によると、本件建物について、昭和三一年及び昭和四三年の二回にわたり増築が行われ、そのうち昭和四三年分については相手方森田洋司が資金を提供したこと、その範囲は二階の居間及び和室六畳部分等約三九・六六平方メートルであること、右増築部分は他の部分と別個独立の存在を有せず、その構成部分となつたものであること、がそれぞれ認められる。

そうすると、右増築部分は、旧建物の従としてこれに附合したものというべきであるから、一体として一個の所有権の帰属対象となるものと解され、また、その所有権の所在については右増築の際これを共有とするなど特段の合意がなされたと認むべき資料がないので増築前の旧建物の所有者たる被相続人の所有に帰したものと認められる。したがつて、本件建物は、全体として相続財産に属するものと認められる(なお、増築者の償金請求権については民法二四八条により請求さるべきものであるが、その本質は不当利得返還請求権に類するものと解され、当然に遺産分割の対象となるものではなく、別途本件と切り離して解決するを相当と思料する。)。

2  債権等

当事者の主張等の全趣旨にかんがみると、別紙相続財産目録<省略>二記載の債権等が被相続人の相続財産であると認められる。

四  特別受益の有無について

申立人らは、相手方が昭和四三年中被相続人から生計の資本として什器備品及び未収金の贈与を受けている旨主張するので、以下検討する。

1  甲第一三号証(相続税の修正申告書)、同第一四号証の一ないし四(相続税納付書、領収書)、同第一八号証(個人事業開始申告書)、同第一九号証(昭和四三年所得税青色申告決算書)、同第二四号証(メモ)並びに参考人吉田治夫、同橋本京子、申立人森田順及び相手方森田洋司に対する各審問の結果を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一) 本件相続開始後、申立人らは一応相続税の申告及び納税をなしたところ、その後税務署係官から、森田○科医院の○科医療器具類が相続財産として申告されていないが、森田○科医院は昭和四三年度に事業主が被相続人森田洋一郎から相手方森田洋司に変つているので、相続財産として計上しなければ贈与と認定されるべきものであるから相続財産として計上し相続税の修正申告をしてはどうか、と指摘され、これに応じ修正申告を行なつたが、この際相手方は修正申告に協力しなかつたので、申立人らのみが税額を納めた経緯があり、相手方に対する税額は八万五、一〇〇円で申立人順が立替えて払つたこと。

(二) ところで、森田○科医院については、昭和四四年三月一三日付をもつて相手方から税務当局に個人事業開始申告書が提出され、同申告書中に開業の年月日が昭和四三年八月三一日、開始事由として父(被相続人)老年にて引退のため、と記載されており、また、相手方にかかる昭和四三年度の青色決算書によると、期首(昭和四三年一月一日)における未収金一九三万一、四二四円が計上され、かつ○科医療用器具類(合計一四八万五、三六四円)の記載があるので、右開業にあたり右未収金及び医療器具類を相手方が被相続人から承継したものとして前記のごとき税務署の指導(勧告)が行われたと推察されること。

(三) しかしながら、実際の経過としては、相手方は昭和三六年三月に○○○科大学を卒業し、その後まもなく同じく○科医師の資格を有する妻千津子と婚姻し、その後一、二年は他の医院に勤務するかたわら夜間被相続人の診療所を手伝つていたが、昭和三八年初め頃から被相続人と同居し、相手方夫婦が被相続人の○科医をひきつぐこととなり、昭和三九年頃からは更に森田○科医院の経営にも関与するようになり、昭和四一年頃には被相続人は現実の治療からは退くこととなつたものであるところ、治療用の器具類は当初は被相続人の所有物を使用していたが、やがて逐次相手方夫婦においてこれを買い替えたものであつて、右買替の費用は、当時既に被相続人と相手方との共同経営状態にあつた森田医院の収益から支弁されたものであること。

以上の事実にかんがみると、昭和四三年当時の診療器具類はほとんど相手方が主になつて購入したもので相手方の個人所有のものと認められるのであつて、相手方が被相続人からこれらの贈与を受けたと認むべき資料はない。

また、前掲各資料によると、前記未収金は健康保険による診療報酬請求手続を請求中の保険診療費であることが明らかであるから、これを青色申告用の決算書に計上したとしても贈与とみるべきものではない。現実に未収金(債権)の贈与があつたわけではないし、しかも前認定のとおり被相続人から相手方に事業の交替が行われたのはこの時点ではないのである。

以上のとおりであるから、申立人らの指摘する什器備品及び未収金に関し相手方が被相続人から特別受益たる生前贈与を受けた事実は認められないといわなければならない(相手方が修正申告に協力しなかつたこと、及び申立人側で相続税を立替支出したことは別個の問題である。)。

五  寄与分について

相手方は、相続財産の形成及び維持に関し特別の寄与をしたと主張し、相手方に対する審問の結果の中には、相手方が低い報酬で被相続人の○科医業務を助けてきたとの供述がみられるが、右供述のみでは本件相続財産の形成維持に具体的に特別の寄与をなしたと認定するには足りず、他に相手方の寄与分を確定的に認むべき資料はみあたらない。また、本件建物の二階の一部を相手方が増築したについては、別途償金請求権の行使の方法が存在するので、このように法律上明文の規定のあるものを寄与分とするのは相当でないと思われる。

以上のとおりであるから、相手方が本件建物で被相続人とともに○科医業を営んできたことは、分割方法の決定にあたり考慮するにとどめることとし、寄与分として相続財産からの事前控除若しくは相続分を変更することはとくに行わないこととする。

六  分割方法について

1  本件土地及び本件建物について

(一) 本件における最大の争点は遺産の分割方法の点、すなわち本件土地及び建物を誰の取得とするかである。

前記のとおり、申立人側は、第一次的に申立人久代の単独所有とする方法を主張し、第二次的には申立人久代が三分の一、申立人順が三分の二とする共有取得の方法を主張しているが、これに対し相手方は、第一次的には相手方の単独所有とする方法を、第二次的には申立人久代と相手方との共有による方法を、更に第三次的に本件不動産を相続人全員の共有とし相手方が賃借権の設定を受ける方法を、それぞれ主張している。

この分割方法の決定は、本件の場合相当困難な問題と考えられるが、諸般の要因ないし事情を検討し、相対的に妥当な方法を選択するほかはないものと思われる。

(二) そこでまず、森田○科医院の今日に至る経過と各相続人の状況の概略を認定する。各当事者に対する審問の結果によると、次の事実が認められる。

(1) 被相続人森田洋一郎は大正年間に本件土地において家屋を賃借のうえ○科医を開業し、間もなく家屋を買い取つて借地権を得、更に戦後建物を新築するとともに本件土地を購入し、一貫して森田○科医院を経営してきたこと。

(2) 申立人森田久代は、大正一〇年に被相続人と婚姻し、被相続人と協力して五人の子を育てあげ、子が成人してのちは当初長男順夫婦とともに本件建物に居住していたが、のちに順夫婦が本件土地の近くに新居をもうけるようになつてからは相手方夫婦が同居したが、申立人久代と相手方夫婦の折合が芳しくなく、その後にみるとおり相手方の妻子は他に移り、相手方のみが本件建物で診療を行つているものであるところ、申立人久代は現在、本件建物の階下六畳の間及び八畳の間に居住し、食事は三食とも申立人順方でとつているが、本件建物に愛着をもち同所に居住することを強く希望していること。

(3) 申立人森田順は×××大学医学部を卒業し、△△大学医学部、○○○○医大の各教授を歴任し、昭和三一年からは○○○○○病院×××科部長となり、この間昭和二八年から三六年にかけて被相続人と同居し、昭和三六年に本件建物の二軒隣に自宅を購入して別居し、前記○○○病院に勤務するかたわら、同所で森田×××科医院を開業していること。

(4) 申立人小川智江子、同松本紀子、同川田恵子は、いずれも婚姻し、それぞれ本件建物を離れて生活しており、右三名ともとくに本件土地家屋を取得すべき必要性はないこと(なお、右のうち申立人小川は比較的本件土地の近くに居住している。)。

(5) 相手方は、もと△△大学に進んで×××となることを志したというが、被相続人の希望もあつて○○○科大学に進学し、昭和三六年三月同校を卒業後、同年六月同じく○科医を専攻していた妻千津子と婚姻し、一、二年は他の医院に勤務していたが、その間も夜間は森田○科を手伝つたりしていたところ、昭和三八年初め頃から被相続人夫婦と同居し、本格的に被相続人とともに森田○科医院の経営にあたるようになり、昭和四一年頃には被相続人は一線を退いて相手方夫婦が同医院を主催するようになつたものであるが、相手方夫婦と申立人久代との仲は必ずしも円満ではなく、このこともあつて、近時相手方は××区○○に土地を求め、同所に三階建のビルを建築して、現在相手方の妻が同所で○科医院を開き同時に子供らとともに居住し、相手方自身は同所で寝泊りしつつ、一週に四日位本件建物に赴いて従前の診療所で診療を行つていること。

(三) 次に、本件において分割方法決定の要因となるべきものを拾い出してみよう。

(1) 相続分

まず、重要な要因の第一はいうまでもなく相続分であると考えられるところ、各人の相続分は前記のとおりであり、申立人久代が三分の一(三三パーセント)、申立人順及び相手方は各一五分の二(一三・三パーセント)であり、この点のみからゆけば、久代の単独所有とすることが法定相続分には比較的忠実であるが、反面後述するとおり、申立人久代の所有とするのみでは相手方の営業の継続を困難にする点で難点がある。

(2) 代償金支払の実現性

仮にいずれかの単独取得としたときは、取得者は他の共同相続人にその取得分相当を金銭で支払わなければならないので、その支払能力ないし実現性のいかんは、分割方法を決定するうえでの一要因となるものと解されるが、申立人久代の単独取得としたときは、他の共同相続人に対し、合計で三分の二(六六・七パーセント)に相当する金員を支払うべきこととなり、逆に相手方の単独取得としたときは、相手方は申立人らに対し総計一五分の一三(八六・七パーセント)に相当する金員を支払わなければならないこととなる。

ところで、各人の収入、資産ないし支払能力は資料上必ずしも明らかでないが、本件審判手続においては、双方とも支払能力は十分にある旨明言している。

(3) 相手方の○科医事業継続の必要性

前認定のとおり、相手方は現在妻が××区の診療所で開業し、相手方自身は本件建物で週四回位業務を行つていると認められるところ、現段階において各診療所における収入は必ずしも明らかではないが、本件建物の診療所も、週四日位の営業ではあるものの、開業以来長年月を経過していること等からすると、相当の収入があると推測される。そして、相手方の本件建物における○科医業は被相続人から容認されたものでもあり、その継続の可能性は、本件の分割方法決定にあたつて重要な要因となるものと考えられる。

(4) 申立人久代の居住の必要性

前認定のとおり、申立人久代は本件建物の階下の二間を使用して本件建物に居住し、居住の継続を強く希望していると認められるところ、申立人久代が申立人順や他の申立人らと同居することも不可能ではないが、申立人久代の本件建物に対する居住の必要性は一応育定すべきであり、その希望も尊重すべきものと思料される。

(5) 申立人久代及び同順と相手方との人間関係について

当事者に対する各審問の結果並びに甲第二〇ないし第二二号証(診断書)によれば、申立人久代と相手方夫婦との人間関係は相当に悪く、相続開始後はとくに激しくなり、争いが絶えなかつたこと、昭和四八年二月には申立人順の子森田健が相手方により打撲等を負わせられ、同年五月には申立人森田久代が相手方によつて左頬部打撲傷兼鼻出血のため全治二週間を要するものと診断されたことがあり、また、昭和四九年四月にも申立人久代は相手方のため左顔面打撲のため全治二週間を要する旨の診断を受けたこと、こうした事情から、申立人久代と相手方、申立人順と相手方との間に感情的対立が強まつたこと、ところでこうした紛争は、相手方の妻と申立人久代との間の感情問題などに起因するものも多かつたが、相手方らが××区○○に診療所を開設してのちは相手方の妻子は同所に居住し、相手方も○○に寝泊りして週四日本件建物の診療所に「通勤」しているのみであることから、右診療所開設後は相手方との間のトラブルもほとんどなくなり、申立人久代と相手方との間は依然として冷却した人間関係にあるものの、今後は以前のような激しい対立には至らないものと一応予測されること、がそれぞれ認められる。

本件分割にあたつては、右のような人間関係をも配慮しなければならないと思われるが、遺産分割審判が本来は相続財産に対する衡平を第一義とすることからすれば、その比重は他の要因よりは小さいものとしなければなるまい。

(四) 次に、分割方法を想定して右の諸要因をあてはめてみよう。

当事者の欲する分割方法をも参酌すると、考えられる分割方法としては次のものがある。

(1) 本件土地建物を申立人久代の単独所有又は久代と申立人順の共有とし、取得者に他の相続人に対する代償金の支払を命ずる方法

(2) 本件土地及び建物を相手方の取得とし、同人に他の相続人に対する代償金の支払を命ずる方法

(3) 本件土地及び建物を申立人久代と相手方の共有とし、右両名に他の相続人に対する代償金の支払を命ずる方法

(4) 本件土地及び建物を申立人久代の取得とするが、相手方に建物の一部の賃借権を設定し、他の相続人に対する代償金又は調整金の支払を命ずる方法

以下、右各方法について順次利害得失を検討することとする。

(1) 本件土地及び建物を申立人久代又は同人と申立人順の取得とし、取得者に他の相続人に対する代償金の支払を命ずる方法について

この方法は、申立人久代及び同順の強く希望するところであるが、その長所としては、<1>申立人久代の相続分が他の相続人のそれよりも大であることから、相続分に比較的相応しているといえること、<2>(仮りに相手方が本件土地建物に占有権原を有しないとすると)、相手方がこれより退去すべきこととなるので、申立人久代と相手方との従前の感情的対立から生ずる紛争も回避しうるであろうこと、<3>申立人久代の居住の必要性を満足させうること、等である。

これに対し、この方法の問題点としては、まず、<1>相手方の本件家屋における○科医療業務の継続に多大の困難をきたすであろうことが考えられる。本件土地建物が申立人久代らの所有に帰した場合、相手方に占有権原(使用借権)があるかどうかは、究極には別訴等による解決をまたなければならないであろうし、当事者間でのちに賃貸借契約等を締結する方法も考えられないではないが、申立人側の態度からみて、おそらく相手方の診療継続は困難となるのではないかと思われる。そうすると、相手方が当初は被相続人と共同で、のちには単独で行つてきた本件建物における○科医療業務はこれを廃止しなければならないこととなろう。ところで相手方は、本件診療所を閉鎖しても××の診療所で妻とともに業務を行うことは不可能ではないと考えられるが、本件診療所には一定の顧客等があると考えられるので、これを閉鎖するについては、やはり相当の損害を生ずることとなり、その営業補償の問題も生ずることと思われる。<2>第二に、代償金支払の可能性の問題が生ずる。本件土地建物の評価は約四、八〇〇万円であり、申立人久代の取得とすると、他の相続人に合計でその三分の二に相当する約金三、二〇〇万円を支払わなければならないこととなり、更に右のとおり相手方に対してはその営業補償をもすべきものとすると、営業補償の点は、本件遺産分割審判においてなすべきか別訴をもつてすべきかは問題の余地があろうが、相当の金員の支払を要することとなる。申立人らは、その支払の能力はあるというものの、また、相手方を除く相続人との間では債務名義は生じても支払猶予等の話合がもたれるのかも知れないが、現在申立人久代は無収入であつて無資力であること等をも考慮すると、代償金及び営業補償の点で困難を生じることは現実には否定できないのではないかと推測される。<3>第三に久代にかかる相続が開始したときに、問題を残すことになりかねない。もつとも、この点は本件遺産分割とは一応別個の問題であり、また、久代の自由処分に委ねられるので(遺留分の減殺請求についても価額による弁償をなすことが可能である。)、問題は比較的小さいといつてよい。

(2) 本件土地・建物を相手方が取得し、同人に他の相続人に対する代償金の支払を命ずる方法について

この方法は相手方が強く希望するものであるが、この長所として考えられるのは、<1>相手方の○科医療の継続を可能にすることであり、また、<2>(1)とは逆の方法によつてではあるが、申立人久代と相手方との感情的な確執を回避しうるであろうこと、である。

反面短所として、<1>相続分の比較的小さい相手方(一五分の二、一三・三パーセント)が債権等を除くと本件の全遺産に相当する部分を取得することになることであり、また<2>申立人久代の居住の問題を生ずること、である。前記のとおり申立人久代は現在本件建物の一階の一部に居住し、食事等は隣家の長男順方等でしていると認められるところ、相手方は、本件土地及び建物を取得しても申立人の居住は従来どおり認める旨言明しており、また代償金の利用による方法や他の相続人方に同居する方法も考えられないではないが、問題を生じかねないことは否定できないところであろう。<3>また、相手方の取得とした場合には、代償金の支払が問題となる。この点は相手方の営業権を評価するかどうかにもよるが、相手方の相続分は少ないので、多額の代償金を支払わねばならなくなる。相手方は支払は可能である旨言明しており、その資料はないが、相手方の医業等の状況にかんがみると、(1)の場合より可能性は高いのではないかと思われるもののなお問題がないではない。

(3) 申立人久代と相手方の共有とする方法

この方法は、相手方が第二次的に希望しているものであるが、利点としては、<1>申立人久代の居住の必要性と相手方の○科医継続の必要性とを共に満足しうる可能性が高いこと、である。<2>また、前記(1)(2)で問題とされる代償金等の問題は、比較的解決がしやすくなることも利点として考えられよう。

しかし反面、共有とした場合には、いずれ共有物の分割の必要性が生ずるといつてよいが、申立人久代と相手方とは感情的な対立がなお残存するため、共有物の分割の際に、またその間の利用方法等につき紛争を呼ぶことは火をみるよりも明らかなことである(このような分割方法を相当でないとしたものとして、大阪高裁昭和四〇年四月二二日決定家裁月報一七巻一〇号一〇二頁広島高裁昭和四〇年一〇月二〇日決定家裁月報一八巻四号六九頁参照)。

(4) 本件土地建物を申立人久代の取得とし、相手方に建物の一部に賃借権を設定する方法

この方法は、相手方が第三案として希望したものに近い方法であるところ、申立人久代はこれを是とせず、相手方も必ずしも強く希望するものではないとしている。

この方法の長所としては、<1>(3)と同様に申立人久代の居住の必要性と相手方の○科医継続の必要性とをともにみたすことができること、<2>(3)の短所とされた権利関係の不明確性の点では、所有権と賃借権とに明定され、のちに共有物分割という手続を経る必要はなくなるので、(3)と比べるとはるかに紛争を減ずることになること、<3>申立人久代の相続分が最も大であることに調和する結果をもたらすことができること、<4>(1)で問題となつた営業補償や代償金の問題が相当少なくなること、である。

反面なお残る問題として、申立人久代と相手方とが本件家屋を共に利用することとなり、紛争を残すのではないかの点であるが、利用範囲が明定されるので、問題は少なくなるし、前記のとおり、現在では相手方の妻は本件家屋に居住していないし、相手方も昼間の仕事のために週四回位本件家屋を利用しているのみであるので、従来と比較すると、紛争の生ずる可能性は少なくなつているといつてよい。

なお、法的には、賃借権の設定という方法は、本来当事者の自由な契約に委ねられるべきであり、裁判所が私人間の自治の関係に介入することの当否の問題及び遺産分割の方法としては法の予定するところを超えるのではないかの問題がありうるが、相続人間の衡平と実質的妥当性をはかるため、裁判所に認められた形成作用として許されるものというべきであり、その旨の審判例がほぼ確立しているといつてよいと思われる(富山家裁昭和四二年一月二七日審判家裁月報一九巻九号七一頁、高松高裁昭和四五年九月二五日決定家裁月報二三巻五号七四頁、浦和家裁昭和四一年一月二〇日審判家裁月報一八巻九号八七頁等参照)。

(五) 以上種々の観点から検討したところからすると、右各分割方法はいずれも一長一短があり、しかも本件の場合当事者の必要性はいずれも絶対的な要請ではない反面、感情的な対立が強いので、これでなければならないというほど決定的な分割方法はないといつてよいが、その中では、第四の賃借権設定による方法が申立人久代と相手方の双方の必要性を共に満足させ、しかも法律関係も比較的簡明になる点で相対的には最も妥当と思われる。そこで第四の方法の相手方のために設定すべき賃借権の内容をより詳しく検討することとする。

(1) 期間

当事者間の権利関係を安定させるためには、期間の定めのない賃借権を設定するよりは、期間を設けた方がより妥当と思われるところ、期間を定めた場合においても貸主たる申立人久代に更新拒絶の正当事由がない限り更新を拒みえないことは当然である。

ところで、相手方の本件建物における○科医業の継続も未来永劫にわたるものでないことはいうまでもなく、長すぎず短すぎない期間をもうけるのが適切である。その他本件に現れた諸事情を総合すると、その期間は一応五年とし、その段階で更新の当否を検討させるのが妥当である。

(2) 借家権の範囲

現在相手方が利用しているのは、一階のうち八畳及び六畳の二部屋を除く部分と二階とであり、申立人久代が一階のうちの右二部屋を利用している。ところで、相手方の家族は××の家屋に居住しており、相手方に賃借権設定を認めるのはその営業継続のためであるから、これに必要な限度に限定するのが相当と考えられる。かかる見地からすると、二階部分はやはり必要性が薄いというべきであるから、一階のうち診療室、技工室、待合室、四・五畳の和室を専用の部分とし、一階の台所、浴室、トイレ、洗面所及び洗濯室、玄関、廊下は申立人久代との共用部分とし、二階部分は賃貸借の対象から除外するのが妥当であろう。これを表示すると別紙図面<省略>(一)のとおりである。

(3) 賃料

鑑定人橋本萬之の鑑定の結果(第一、二回)によると、昭和五一年における本件建物全体の賃料相当額は、年間金二四一万二、〇〇〇円(月額金二〇万一、〇〇〇円)と査定されている。そして、右(1)(2)のとおりの賃貸借を設定するとした場合の賃料は、相手方の使用部分の全体に対する面積比に基づいて定めるのが相当と思料される(のちにみるとおり、借家権価格の算定にあたつては単純な面積比でなく、部分的な建物価格の違いをも加味した建物価格の比率によるのが相当と思われるが、賃料の算定にあたつては単純な面積比によるを相当と考える。右鑑定も同様の方式を用いている。)。

本件家屋の全体の面積は、甲第一一号証(固定資産課税台帳登録証明書)及び右鑑定の書面中には一九一・五六平方メートルとあり、相手方提出の鑑定申立補充書添付図面では六一・三五坪(二〇二・八〇平方メートル。同図面の換算では二〇四・二六平方メートルとあるが誤りと思われる。)とあつて判然としないが、一応右鑑定申立補充書により二〇二・八〇平方メートルとすることとする。

次に相手方の使用部分の面積を算定する。相手方の専用部分(診療室、待合室、技工室、和室四・五畳)が約二二・五畳(一一・二五坪、三七・一九平方メートル)である。他方、申立人久代の使用する八畳及び六畳が押入を含め約一八畳(九坪、二九・七五平方メートル)である。一階全体の面積は鑑定書中には明らかでなく、相手方提出の鑑定申立補充書添付図面では三二・〇七坪(一〇六・〇一平方メートル)、申立人ら提出の鑑定事項書(昭和五〇年九月二九日付)では一一三・七〇平方メートルとあつて確定しがたいが、右添付図面によつて三二・〇七坪(一〇六・〇一平方メートル)とすると、一階のうちその他の部分(共用部分)の面積は一一・八二坪(三九・〇七平方メートル)となる。そして、右共用部分の使用割合を二分の一とすると、相手方の使用部分の面積は、

11.25坪+1/2×11.82坪 = 17.16坪

(37.19m2) (39.07m2)(56.72m2)

となる。

そうすると、相手方使用部分の全体に対する面積比は、(56.72m2/202.80m2) ≒ 0.28となる。

したがつて、賃料相当額(一か月当り)は、

201,000円×0.28 = 56,280円と算出される。

これをもとに本件の諸事情を勘案すると、賃料は一か月当り金六万円とするのが相当である。

(六) 以上のとおり、本件土地建物は申立人久代の取得とし、相手方のために右のとおりの建物賃借権を設定するのが相当である。

2  本件債権等(別紙相続財産目録<省略>二)について

本件に現れた諸事情を総合すると、本件債権等は申立人久代の取得とするのが相当である。

3  代償金の算定

そこで、本件土地建物及び債権等を申立人久代の取得とし、相手方に右のような建物賃借権を認めることとしたうえで、代償金の算定を行うこととする。

(一) 鑑定人橋本萬之の鑑定の結果(第一、二回)によると、本件土地及び建物の鑑定評価額は、昭和五一年一月において土地が金四、一四〇万九、〇〇〇円、建物が金六七三万六、〇〇〇円で合計四、八一四万五、〇〇〇円であり(土地建物を換価するときには、実際には諸経費を要することが明らかであり、これを控除するのが正当であろうが、その額は定め難いので、評価としては右鑑定の価格によるのほかはない。)、債権等の価額が前記のとおり金一二〇万円であるから、本件総遺産の価額は金四、九三四万五、〇〇〇円となる。

そうすると、各人の法定相続分額は

(1) 申立人森田久代

49,345,000円×1/3 ≒ 16,448,000円

(2) 他の相続人

49,345,000円×2/15 ≒ 6,579,000円

と算定される。

(二) 次に、相手方のために設定する賃借権の価格を算定する。

前記鑑定の結果によると、期間を五年とした場合の借家権価格は建物全体で金三九四万八、〇〇〇円と算定されている。

建物全体の面積は、前記のとおり六一.三五坪(二〇二・八〇平方メートル)、相手方使用部分の面積は一七・一六坪(五六・七二平方メートル)と認めるのが相当である。

そして、相手方使用部分の借家権価格は、建物価格の比率で全体の借家権価格を按分するのが相当と思料される。

相手方の使用部分の建物価格を前記鑑定の結果(第二回)にならつて算定すると、

120,000円×(10/23+10)×(100-30/100)×56.72m2≒ 1,444,000円

(増築部分を除いた部分のm2当りの再建築費)(相手方使用部分の面積)

全体建物の価格は、右鑑定結果によると、六七三万六、〇〇〇円であるから、相手方使用部分の全体に対する建物価格の比率は、

(1,444,000円/6,736,000円) ≒ 0.214 となる。

したがつて、相手方使用部分の借家権価格は

3,948,000円×0.214 ≒ 845,000円

(全体の借家権価格)

と算出される。

(三) そうすると、各相続人の相続分額と取得額は次の表のとおりである。

相続分額(A)

取得額(B)

差額(A-B)

申立人久代

一六、四四八、〇〇〇円

四八、五〇〇、〇〇〇円

(マイナス)三二、〇五二、〇〇〇円

相手方

六、五七九、〇〇〇円

八四五、〇〇〇円

(プラス)  五、七三四、〇〇〇円

他の相続人

六、五七九、〇〇〇円

なし -

(プラス)  六、五七九、〇〇〇円

(なお、計算途上で四捨五入による概数を用いたため、数額間に若干のそごを生じているが、調整をする必要はないと思われる。)

したがつて、申立人久代は、本件遺産分割の代償金として相手方に対し金五七三万四、〇〇〇円、その他の相続人に対し各金六五七万九、〇〇〇円を支払うべきものである。

七  結論

以上のとおりであるから、本件土地建物及び債権等を申立人久代の取得とし、相手方に対し本件建物の一部を前記のとおり賃貸するものとし、申立人久代は相手方及び他の申立人に対し前記の代償金を支払うべきものである。そして、相手方は少なくとも本審判確定後は、前記賃借部分を除く部分を申立人久代に明け渡すべきであり、前認定のとおり相手方は現在本件建物の二階部分をも占有補助者とみられる者二名とともに占有使用しているので、右二階部分を明け渡すべきものである(なお、申立人らは、相手方に対し、従前の本件土地建物に対する相手方の従前の占有につき賃料相当額の清算を求めているごとくでもあるが、この点は当然には分割の対象ともいい難く、相手方の占有権原その他諸般の事情を審理しなければ確定しえないので、本審判ではこの点につき判断を加えない。)。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岩井俊)

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